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2008年05月 アーカイブ

2008年05月08日

絵日記

5/6
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学校で好きなイラストレーターの話になった時に、ほとんど無意識的に放電映像と名前を挙げていて、その出来事によりこの人の絵が好きだということが既成事実化したので、じゃあせっかくだから描いてみようということで描きました。「我が家のお稲荷さま。」の狐の人です。そういえばこのライトノベルの購入理由の半分くらいは放電映像氏のイラストでした。

5/1
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学校の先生に全身を描くべきだと言われたので、全身絵。ほとんど人体の筋肉や骨格そのままのスーツなので、絵の練習にはもってこいなのではと思ったのでこの絵をチョイス。雷電です。

4/29
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ネタで描いたつもりですが、ネタは実力がある人が描くから笑えるのだということを感じさせられた一枚。拙い画力では本気で描いてるのかネタで描いてるのか区別がつきません。ダンテのつもりです。デビルメイクライ4で1、2を争うほどの名場面です。個人的には。

4/21 に描いた絵の修正
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前回の絵ですが少し修正したのでついでに。どちらにせよデッサンが狂ってる気はする。

最近描いた絵を一通りアップ。
4/21から20日ぐらい経っていますが、それだけ時間があって描いた絵がこれだけの枚数ということで、努力不足を痛感します。今もブログなど描いている暇があるなら、絵を描いた方がいいと思いながら更新しています。でも、文字も書かないとブログとしては成り立たないよなということで仕方なく。なお、これまでは日記を毎日分書いていましたが、それについては終了ということで。日記を書くのは面白いことは面白いのですが、なにぶん時間を食いすぎるのが問題。時間リソースは有限ならば、その使い道は日記ではなくて絵に割り当てるべきと考え方を改めました。日記ではなく、絵日記にしていきたいですところです。絵だけをとことん毎日描いて、文章なんて5分くらい書いた程度のもので終わるぐらいの配分にすると絵の上達スピードも上がっていくのだろうと思います。

ブログを更新していない間にあったことをざっくり書いておくと、基本は学校ばかりです。今の学校入って後悔したとか言ってましたが、学校自体はそこそこ楽しんでいます。でも、やっぱりこの学校でいいのかと思う部分は変わりません。人付き合いに関してはまあそこそこに。当初は、学校初日に隣り合わせた人たちと結びつきが強かったわけですが、それはだんだんと溶け落ちていって交友関係はそれなりに広がっていったような気はします。まあ、うまくいっていない部分もあるのですが、毎日学校に通うのが楽しみでいられるということは、総合すると人付き合いに関してはうまく回っているのではないか、と思います。あと学校の人は絵を描いている人が多いので、絵を見せ合うのが最近の楽しみ。絵は誰かに見てもらうことでその役割を果たすというか、誰にも見てもらうことがなければそれは自分の頭の中だけで完結するのと変わらないと思う部分もあるので。とはいえ、形を伴って表現されるかされないか、という違いはありますが。それで人に見てもらう、人の絵を見ることでモチベーションを得られるので、今の自分の環境は絵を上達させるにはこのうえない環境なのではないかと感じます。
学校は朝から夕方近くまであるのが大半なので大変ですが、それよりも面白い部分が多いので、正直遊びに行く感覚で毎日通っています。それに学生における大変など、社会人のそれと比べれば全く大したことはないというか、完全に質の違うものであって、自分が将来負うであろう仕事の大変さを考えれば、学校など遊びにしか思えないという部分もありますな。授業とかも眠かったり疲れたりしますが、それをいうなら話を聞いている生徒よりも、授業時間中ずっと話を続けている先生の人の方がよっぽど大変だよなと考えることで、疲労を軽減させています。というより、学生である自分は学費を払って教育サービスを受けている、いわば「お客さん」であり、労働力を提供してその対価に給料を得る社会人の人とは、大変さの質が根本的に違うのだろうと思います。でも、自分もいずれは社会人になるのであろうと思うので、それを思うと自分は最後の学生期間を思う存分楽しむべきなので、難しいことや余計なことは考えずに学校に通い続けるのが一番よいのでしょう。それで学校のことばかり考えているので、ブログが更新されないわけです。
あと創作関係のクラブに入りました。いや、まだ正式には入部していなくて顔を出しているだけですけどね。それで、このクラブに入っていろいろな意味でショックを受けました。各々絵が描きたい人ばかりなので刺激を受けられるし、話を聞いていると絵への接し方が自分では想像できないレベルの人もいて、このような環境に身を置けば自分も向上心を持てるのだろうと思いました。凄い人とかは一日に50枚絵を描く(ラフ的なものですが)とか、寝る前はいつも一時間くらい絵を描くとか、上手い人は最初から上手いのではなく、相応の努力をしているからこそ絵が描けるようになっているのだと感じました。絵が好きとかどうとかの話ではなく、当たり前のように生活に絵を描くことを溶け込ませている人こそ強いのだろうと思います。
クラブの人には自分と同じく20歳を越えてから絵を描き始めた人もいて少し親近感を覚えています。しかもその人が毎日毎日絵を描き続けているので、そこから自分もやる気をもらっています。絵の上手い下手の問題ではなく、絵を毎日描き続けられるバイタリティが凄い。自分の場合など、一枚描くたびに息切れするのに、一日に2枚以上描きあげてくるそのエネルギーはどこからと思うと、このままのペースでは追い抜かれるのも時間の問題だろうということで、自分も絵を描かなければと思わされます。理由はどうあれ、描こうと思えるなら、今の環境はやはり自分を向上させてくれているのだろうと思います。
でも、最近考えるのは自分は本当に絵が好きなのか、ということ。周囲の人たちは疑うことなく絵が好きな人ばかりですが、その中にいると自分の絵に対する気持ちが異質なものであるように感じます。自分の場合、3Dがやりたい人で、でも3Dにもデッサン能力は必要なので絵を描いているという感じになります。絵が好き、というのはそれ自体が最高のモチベーションになるわけですが、それがないからいつも息切れしてしまうというか。あと、自分の描いている絵は、その先に3Dがあるからこそ、いつも完成しないのではないか、と考えています。例えば、線画における線のストロークが安定しないのは3Dではフリーハンドの操作は行わないから、陰影を描かないのは3Dならライティングはツール上で計算されるから、色を塗らないのはモデリングの工程が終わってからでないとテクスチャを作成しないから、とか言い出せば切りがありません。他にもこれまで絵では耳をあまり描きこんできませんでしたが、これは3Dにおける耳は別で制作してあとからマージすればいいという考えに則っているし、頭部のみの絵が多いのも、頭部と身体は別で制作して後から接続すればいいと考えているからこそ。でも、自分が作っているのは3Dではなくて絵です。
2Dは3Dの準備であって最終的には3Dでやる、と思っているゆえに、2Dがおろそかになっています。実際、何らかの作品を作るようになった場合、最終的なアウトプットは3Dで行うと思うのですが、現状の自分では3Dは使えません。将来は3Dでといっても、周囲の人からすれば見えるのは現在だけで、評価してもらおうと思えば、今自分の使えるフィールドである2Dでこそ勝負する必要があります。それに、便利なツールがあったとしても、使う人間にデザイン能力がなければ宝の持ち腐れになるだけであるし、今は絵を描くべきであるなと思います。
そういえば3Dに関しては後期から授業があるようです。でも、この専門学校はやっぱり辞める気ではいますが。自分の人生において、思う存分勉強することに使える時間は後数年なので、出来うる限り最良の環境で力をつけるべきであろうし。あと、もともと経歴がぼろぼろになっているので、もはや一年ぐらい延びようが別に変わらないのではというのもある。まあ一年分の学費は相当なものなので、金銭的な問題からは目を背けられませんが。
でも、学校は正直楽しくて、それ故に本当に辞められるのかと感じる部分はあります。長い時間を過ごせばそれなりに深い仲になることもあるだろうし。約一ヶ月しか経っていない今の段階でも、正直言うとこれまでの人生のどの時よりも、人と話していることが楽しいし、毎日が楽しい。まあ、これまでが悲惨すぎたという部分が大きいわけですが。あーでも、学校やめるかもってことはわりと色んな人に言ってます。先生は2人くらいに話したし、知り合いの人にも何人かには言ったような気が。とはいえ一年は通うということも一緒に言っているのであんまり切羽詰った感じにはなりません。それに二年で卒業する人もいるので、一年という期間は決して短くはなく。そういえば、最初に話した先生はわりと普通に辞めること前提で話を進める感じでしたが、もうひとりの先生は「この学校は3Dできるのか」って言ったら3Dの卒業制作みたいなものを見せてくれて、いい先生だなと思いました。しかも、話をしたのは授業中だったにも関わらず。しかし、話をしたのが確か4月の学校始まってすぐの頃でしたが、その時点で辞めるとか言ってるあたり、自分も駄目な生徒だなーと思います。まあそれでも一応5月あたりまでは続けられているわけで。一年終わったらどうなっているかは本当に分かりません。どうなってんだろな。
他にもいろいろあったのですが、時間を空けすぎたことや、ブログ更新にあてる時間がないことから、残念ながら省略ということで。他にもいろいろあったんだけどなー。でも早く寝ないと明日も学校あるし、日記で学校のことを振り返っていて、学校に遅刻するなんて本末転倒だしな。寝よう。

2008年05月14日

線画とラフ

5/11
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学校の人に絵を見てもらっていてよく言われる指摘が「線が汚い」とか「雑な部分が多い」ということ。指摘があるだけならまだマシですが見る価値もないと判断されれば意見すら言ってもらえません。まあそれも当然で全ての人、全ての物に関われるほど一人の人間には時間的、精神的余裕はなく、多くのものの中から取捨選択して自分の関わりの持ちたいものだけに関わります。関わりの持ちたいものというのは、自分にとって何らかの利があるものではないか、と思います。例えば、この人といれば自分の能力を伸ばせるだろう、もしくはただ単純に楽しい時間が過ごせるだろう、とか。それで最近までの自分の絵というのは、その選別に残れないものであったのだろうと思います。何時間かけて描こうが、評価の対象になるのは最終的に出来上がった成果物のみ。苦労して制作したことを言い添えれば同情的意見を述べてもらえるかもしれませんが、それは評者と自分が対等ではないし、また同じ絵を描いている人たちにも対等な条件での勝負にはならないでしょう。
指摘があるということは実は喜ばしいことです。なんでかっていうと、馴れ合い的に良い部分だけ評価すれば気分は良くなるでしょうが、そのままではどこが悪い部分なのか分からないので成長がありません。でも、絵を楽しく描こうと思うなら、相手のことを褒めてよい気分になってもらう、という対応も悪いわけではありません。しかし、それではいずれ自分のことを知らない人たちによる厳しい評価にさらされれば無残に崩れ落ちるような程度の実力のままでしかいられないと思います。
まあ、話がずれてきましたが、要するに線が汚いと言われたので、今回は制作方法を変えてみました。まず、ラフレイヤーを作成、ラフを作成後ラフレイヤーの不透明度を20%程度に変更、線画レイヤーを新規レイヤーとして作成、薄くなったラフ線をガイドに清書する、といった工程を経て制作しました。
これまで描いてきた絵は何故か薄すぎてネット上にアップすると線が見えなくなるということが常態化していましたが、その点も多少改善されたのではないか、と思います。これまで何故線が見えなくなっていたかというと、ラフ線のまま完成形としてフィックスしていたからなのではと思います。本来なら、ラフの上から清書するべきところを、ラフの線を消しゴムで削って清書のような細く長い線を擬似的に作成していたというか。でも、元の線は薄いラフであり、結局線を構成するのは薄い線でしかないのでほとんど見えなくなってしまうわけです。まあ制作用PCのモニタと、ネット用のノートのモニタでは全く質が違うので、制作用PCのコントラスト比では視認できるものも、ノートで見ると見えなくなるというのもありますけど。なんか他の環境で見たら全く見えてないこともありそうではあるので、これ以降は今回の工程を継続していきたいところです。
あと衣装の装飾については描かないつもりでしたが、装飾を描かないとふとももの部分が素足に見えてしまうのでアーマー状のインナーは再現しました。規則正しい配列で金属か何かが編みこまれていて防具状になっているっぽいですが、描くのは大変でしたが慣れてくれば埋めていくのが意外に面白くなる部分もあって。このインナーがあるのとないのとでは、このキャラクタに対する印象は全く変わってくるだろうなと思います。個人的には肌の露出を抑えた服の方が好きってのもありますが。インナーを描いていたら他の部分と密度が違ってくるので、他もそこそこ描いたつもり。でも、こんなインナーの模様を描くより、色を塗った方が何倍も早いだろうし、それに分かりやすいので色も描けるようになるべきだと思いました。
ちなみにこのキャラクタは「戦場のヴァルキュリア」の人です。限定版の開封記念に設定資料集から模写しました。ちなみに限定版の箱は綺麗に開封できず。紙箱の上からシールが貼ってあるのですが、箱の材質、シールの粘着力から考えて印刷部分がシールに持っていかれるのはほぼ確実でネットでも綺麗に剥がせないことで話題になっていました。まあ、これはこういうものだと思えば特に気になりませんけど。なお、発売日に購入したのに未だにプレイできてません。このゲームに関しては当初購入予定はありませんでしたが、ゲームニュースか何かで頻繁にトレーラーが公開されているのを見て、ちょっとだけ見てみるかなという気になって、トレーラーを見た瞬間、流れた音楽が自分の好きな崎元氏にしか聞こえず一気に気になる存在へ。あとから調べてみて崎元氏がコンポーザであることが分かり、これまでFF12、ヴァニラウェアと崎元音楽のゲームは個人的に好きなものになることが多いので、ならば崎元氏を起用したヴァルキュリアもその作品と通じる部分があるのではと思って、いつのまにかトレーラーを何度も見返すぐらいの期待作になっていったわけです。それで限定版についても当初は購入予定はなかったのですが、このプロジェクトがどう考えても投じた予算に見合った収益を上げられない類のタイトルである、という話を耳にしてなんかこの人たちの仕事に対してお金を払っておきたい気になって、限定版の内容物であるフィギュアとかに全く興味がないのに限定版を購入しました。作品の内容よりも売り上げ目標を優先するような人たちより、自分たちの作りたいものをコスト度外視で作り上げる馬鹿な人たちのほうが好きなので、そういう人たちを応援したいという意味をこめて。というか「龍が如く」といい、最近セガが好きです。自分の持ってるPS3ソフトは海外SCE、セガの二つのメーカーでほぼ全てを占めています。ちなみに12本中6本が海外SCE、4本がセガですな。残り2本はスパイクのオブリビオン、カプコンのデビル4。相変わらずゲームの話をすると長くなるなあ。

上の絵のラフ
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こちらはラフレイヤー。本来は公開するようなものではなく、線画が完成した段階で破棄してもよいものですが、ラフレイヤーから線画を作成するという工程の見直しが行われた記念にアップしておきます。これでも20分程度はかかっていたような記憶があります。脚の部分の線が途中で切れていますが、これは選択移動で脚の長さを編集した名残です。描いた線の編集を普通に行っていくので、PCのツール上でしか絵の制作が成り立ちません。顔の目鼻口の部分はある程度位置確認のために描いただけなので、完成バージョンとは表情とかが違っていますが、そこは気にしてはいけない。指を描くのが苦手なので手首から先は描かれていませんが、手の部分は、指を描けるかどうかで画力が分かるというぐらい重要なパーツであるので、もう少し描く努力をしたいものだと思います。でも、手の指って5本あって関節数も多いので、難しいよなと思います。でも、可動域が大きいということは、それだけ表現を込められるということでもあるので、手は描けるようになるべきです。あと胸のふくらみの部分は、髪や服と一緒でオプション扱いということに個人的にはなっているので描いていません。上に重なるもので下のものを誤魔化していたら正確な形は把握できないというか。

最近の日記。
5/9 fri
創作関係のクラブに入りました。創作関係のクラブは二つあってそのどちらにも所属するつもりです。それで片方のクラブは今年度から設立された同好会というもので、そちらにはよくお顔を出していました。それでもうひとつのクラブの活動にはほとんど参加していなかったのですが、そちらのクラブに参加する機会があって、自分の画力のなさを痛感することになりました。そのクラブにおけるマスコットキャラクタを各自の絵柄で描くというような作業をしましたが、これの描けないことといったら相当なもので、結局元絵を模写することしかできず、しかもその完成品がお世辞にも褒められるレベルではなく、正直自分でもこれは劣化コピー以外の何物でもないとしか思えず、その日は塞ぎこみがちでまともに会話すら。自分の無力さを思い知った直後にへらへら能天気に振舞えるほど馬鹿にはなりきれないということですね。このことが製作工程の見直しを考える一因にはなったと思います。正直ショックを受けて相当落ち込んだ日でしたが、精神に負荷がかかるからこそ、立ち上がる時に成長があるのだろうと思います。

5/10 sat
5月の連休は「龍が如く 見参!」と「バイオショック」をプレイしました。入学前の「マリオカートWii」以降ゲームをプレイしていなかったので、約一ヶ月ぶりくらいに遊びました。ゲームは拘束時間(プレイ時間ともいう)が長すぎるので、まとまった時間の取れる連休でもなければプレイできません。自分の場合、火曜、土曜、日曜は休みなので、割と時間はありますが、その休みの日は絵描きに使われるのでゲームをしているような日はありませんでした。それで今年は4連休ぐらいになったので、そこで2本のゲームを。といっても、土曜から火曜までの連休だったので、実質月曜が休みになっただけだったんですが。それでも明日を気にせず遊べる日が連続して続くというのは大きいです。それでバイオショックの方は連休中にはクリアできなかったので、この日プレイしてクリアしました。(実はこの日の日記は最初のうちは書いてなくて後の方から後付で書いているためゲームの感想まで書いている時間はありませんが、両方とも凄く良い作品でした、ということだけは書いておきます。)

5/11 sun
買い物行ったり、絵を描いたり。このエントリの絵はこの日に描かれました。夜の8時ぐらいから深夜の2時くらいまで描いてましたよね確か。いくらなんでも時間かかりすぎだろと思います。といっても、ずっと描き続けていたわけではなくて、考え事をしたりしながら、ぼーっと描いていたらそれぐらい経っていたという感覚の方が近いかも。6時間かかったとして、描くのが遅いことを問題とするか、6時間集中して描き続けられることを良いと思うか。まあ、今後も描き続けるしかないよなとは思う。

5/12 mon
よく行く方の創作関係のクラブの方の活動日。この日は各自本気で描いた本気絵を提出して、それぞれの実力を把握しようといった試みが行われるということになっていたそうです。前回の活動日に体調悪くなって途中で帰ったので話聞いてなかったので、本気絵を持ってくるということは知りませんでしたが、学校に行き始めてからは描いた絵は全てプリントして学校に持っていっているので、それを提出しました。その後は全員が集まって、それぞれの絵を品評するということになりました。このエントリの絵と、雷電の全身絵を提出しましたが、反応は微妙な感じだったかな。まだ初めての試みということもあって、積極的に意見出しが行われていなかったということを鑑みても、やはりコメントを得られるほどの情報が絵に込められていないのだろうと思います。
それでクラブ終了後はこのクラブの部長さんの家で絵描き会をやるということになって、風邪気味な自分としては速攻で帰宅したい部分もありましたが、この集団の中で後れを取るのは嫌でもあるし、この輪の中には入っておきたいということもあったのでお家についていくことに。クラブの人は10人以上はいますが、そのメンバの大半の人が一人暮らしのアパートの部屋に上がりこむということになるので、なかなかカオスな状況に。でも、こうやっていろいろな人が集まって話すのも面白い。以前にも一度お邪魔したので、今回で2回目ですが以前よりは打ち解けて話せたかなと思います。近くの文具店にスケッチブックを買いに行って、そのスケッチブックを使って絵描き会ということになりました。各人で好き勝手描くのではなく、お題を決めて自分のスケッチブックに描いてもらう、また人のスケッチブックに描くという、ルールでお絵描きすることに。せっかく人が集まっているのだから、その場でしかできないことを、という部長の提案です。一度社会人経験を持っている人ということでリーダーシップが違うなーと思いました。ちなみに自分の両隣の人は部長さんとこのクラブで一番絵が上手いであろう人で、2人とも絵が凄く上手なので、その人たちとスケブを交換することになってまた自分の無力さを痛感することになります。なんていうか、学校のクラブの時間に提出した絵の半分の半分の半分の実力も出せません。自分の絵描きはPCのツール上に最適化されているので紙の上ではまともに描けないこと、人体の素体が正確に記憶されていないので資料なしではまともに描けないこと、家では数時間かけて描いていますが即興の絵描きでは時間が足りないこと、が原因です。要するにPC、資料、時間がなければ、何も描けない人であるということを思い知りました。というより、その三要素があれば誰でもそこそこ描けるので、結局現在の自分の画力などその程度でしかないのだと思いました。正直言って即興の絵描きではその場にいた人たちの中でも1、2を争うほど下手でした。知っている人が多いクラブなので和やかな雰囲気ではありましたが、内心では相当落ち込んでいました。
それで、スケッチブックを回していって絵描き会が続きましたがそろそろ夜も深くなってきたので、ピザ食おうぜってことになってピザを食べたり飲み物を飲んだり、いやー楽しいなーと思いました。このような体験ができるのも、学校に所属して同じ共通項を持って人と繋がれているからこそ。この学校に入ったことが最善だったかは分かりませんが、この選択をしていなければできない体験ではあるので、この学校に入った以上、自分が享受できるものは積極的に貪欲に取り入れていきたいと思いました。
それで10時半頃に、一人の人が帰るということになったので、自分もそこで帰宅。まだ部長含めて4人残っていましたが、その人たちは全員泊まり組ということなので、ここで帰らないと泊まりということになりそうだったのでもう少しこの時間を共有したいという思いもありましたが、やむなく帰宅を選択。いつもはバスで帰っていましたが、バスの運行は終了ということで、少し焦りつつも多少遠い地下鉄の駅までいって地下鉄で帰りました。地下鉄も終了していたらどうしてたのかなーと思いつつ。でも、地下鉄が終了していても、その部長さんの家に泊めてもらえそうな気がしたからこそ、バスや電車の時間も確認しないで遅くまで過ごしていられたのかなと思います。

5/13 tue
この日は学校の授業がない日です。そして昨日夜遅くまで遊びすぎたせいか、風邪が悪化。鼻水がずるずるするし、咳はでるし、頭は重くて熱くて使い物にならないしで、風邪薬だけ買いに行って後は家の中で過ごしました。学校に行き始めてから何もしないと時間がもったいないと感じるようになったので、積みコンテンツを消化。amazonで驚異の60%offで販売価格3000円台だった「アイドルマスターL4U」の限定版を開封。風邪で体力低下中でゲームをやる気はおきないので限定版特典の特典DVDだけ見ました。オリジナルアニメは普通に楽しめる出来。もともとアニメを見ない人で良し悪しも分からないのでプリミティブにアニメを鑑賞できたというか。途中にとんでも展開になりそうで、あーこれがオフィシャルのアニメでいいのかなと思ったりしましたが、納得のいく設定が後から提示されてそれは杞憂に終わりました。自分は特にアイマスに思い入れがあるわけではないですがそこそこ楽しめてみれたので、ファン向けアニメではなく、題材に興味のない人でも楽しめる一定の水準をクリアしたアニメではあると思いました。あと塊魂に収録された「団結」という楽曲のプロモーションビデオ的なものと、L4Uに収録されている既存曲のリミックス紹介ビデオ、声優の方々によるライブイベントの模様が収録されています。この商品のタイトルは「Live for you」なわけですが、声優さんのライブを見ることにより、その場の熱狂やLive感は感じ取れたので、ゲームをやらずともLiveを受け取った感じはします。でも、邪推するとこのタイトルはXbox Liveでダウンロードコンテンツ買ってくださいね的な意味合いにも思えます。他には、「団結」のプロモが素晴らしかったので繰り返し何回も見てしまって1時間以上経過してしまいました。ダンスモーションだけに留まらず、画面エフェクト、髪や服といった揺れ物のモーションとかこだわりが感じられて、複数回の視聴に耐えうる作りこまれた映像であって、このタイトルに対して過剰に金を払っている人の気持ちも分からなくはないと思いましたとさ。

それでその後、プロモを繰り返してみてる暇があるなら他の積みを消化しようぜということになって、本棚のDVDを探してみました。アイドルマスターのアニメを見た後で何となく連続性がほしかったので同じアニメである「雲のむこう、約束の場所」をチョイス。ゲーム限定版のオリジナルアニメと、劇場用のアニメ映画とではいろいろと違う部分はありますが、アニメが見たい気分だったので細かいことは気にせず視聴開始。やっぱり新海作品は背景が綺麗だなというのが最初の感想、あと登場する人物が繊細で少し触れただけで壊れそうなおもむきすらあるとか、話の展開や画面の流れは緩急がなくてわりと退屈気味であるとか、いろいろ。特典映像で新海氏のインタビューがありましたが、「電車から眺める景色に救われて生きてきた」というような発言があって、それが背景の景色へのこだわりになっているのだなと思いました。確かに何気ない景色でも、そこには何かしらの人の香りがあって、その場所で生きてきたあるいは生きている人を思い浮かべれば、この作品に登場する人物のように孤独に押し潰されそうになっても元気付けられて生きていけるのかなと思いました。興味深いのは作者の原体験が作品に色濃く投影されていること。それは自分を見てくれ、ということもでもあるし、自分と似たものを持った人たちへの贈り物とも思います。新海作品の美術において印象深いのは、やはりこだわりぬかれた背景と、強調された光の演出です。駅に電車が着いて、夕日が遮られ、また電車が発車すれば車体に隠れたオレンジ色の夕日が顔を出し辺りを照らす、というシーンがありましたが何故かこのシーンが印象に残っています。人の動きであるとか、人の表情であるとかは描かれないシーンですが、それでも心に残るものがありました。背景美術と光の演出だけで間を持たせているのが凄いと感じて記憶に残っているのもそうですが、何気ない日常の場面でも、人により見る視点が違えば切り取られる景色も変わってくるのだろうと思ったことで記憶に残ったのかも。あとやっぱり飛行機だ。飛行機には夢があります。人間は空を飛ぶことはできませんが、鉄の塊の飛行機を組み上げることで空をも飛べるようになります。飛行機を作るという行為は、自分には出来ないことへの挑戦という隠喩が感じられて、心を揺り動かされるような気がします。

本棚は常にぎゅうぎゅうに中身が詰め込まれていて、消化した積みコンテンツは押入れへ片付けることになっているので、押入れを開いて片付けました。そのとき何故か一番手前に「FF7アドベントチルドレン」があったので、別に見る気はなかったのに視聴開始してしまいました。多分、一番手前に置いてあったのは他のDVDとケースの形状が違うこと、販売形態が映画とは異なることとか、他の映画と同列に並べにくい作品であるので一番手前に所在無さげに置かれていたような気がします。新海作品とは同列に語る作品ではないと思いますが、どちらも映像に関して突き詰めた作品であるという意味では繋がりがあったので視聴したのかも。それで5分くらいでもう止めてさっさと寝ようと思ったりしましたが、CGワーク的には結構面白く、ジェットコースター的に見せ場が続くので結局最後まで観ましたね。これを観るのは2回目ですが、相変わらずストーリーとかはどうでもよい感じ。この話に出てくる人たちは人物描写にしろ、戦闘シーンにおける動きにしろ、人間じゃなくなっている人が多いので、人間である自分としてはあまり共感できません。綺麗過ぎる完璧すぎるゆえに人間らしさが感じられないというか。それでも改めて見てみると、一つの画面の情報量が凄いなとは思いました。髪(ヘアー)やら服(クロス)やら揺れ物が常に風や人の動きに煽られていて、何気ないシーンも多分凄く面倒な設定を経て作成されていて、そこはよくやるなーと感心します。CGは人間が全てゼロから作るものなので、CGで現実を再現しようとすると、それっぽく見える動きひとつとっても、ビデオを何度も見たり実際に自分で動いてみたり、制作された成果物の何倍もの物量の研究が必要です。CG上で違和感のない動きというのは、視聴者からすれば何とも思わないものですが、その違和感を感じさせないようにするために払われている労力はおそらく計り知れないほどであろうと思います。ゲームにおけるプログラムの仕事は目立たないのが良い仕事だとか言いますが、リアル系の現実に近いCGワークもそれに似ていて、目立たず違和感を感じない仕事こそ敬意を払われるべきなのかも。現実をそのまま撮影すればすぐ作れるものでも、それをCGで作ろうとすれば何倍ものコストがかかるわけで、そういう意味で現実にいそうな人間を再現することに注力せずに、均整の取れた完璧なモデル、重力完全無視の戦闘シーンといった、CG上でしか成立しない表現を突き進んだアドベントチルドレンの方向性もありといえばありなのかも。

5/14 thu
朝起きても依然として体調は優れない。風邪薬を何度か飲んで、家の中で安静にしていても、風邪から回復するには時間がかかるということか。明日は実はいうと、学校のイベントで泊まりのキャンプがあり、風邪の状態のまま行きたくはないのでできれば全快させておきたかったのだが。昼頃起きて、部屋の片付けとかをしていました。
あとネット巡回をしていると、MGS4のオフィシャルサイトがオープンしたということなのでさっそくアクセス。オープン日時は5/13ということで昨日だったわけですが。5/13といえば、6/12の発売日からちょうど一ヶ月前なのでオープンするには相応しい日時です。アクセスしてみるとやたら重い。アクセスが集中しているからかと思いましたが、どうやら通信するデータ量自体が大きすぎるよう。フラッシュが表示されるとオタコンが画面の前の訪問者に向かって話します。しかもムービーファイルで。他のコンテンツとかも一度に一括してダウンロードしているらしく、やたら重かったのはそれが原因のよう。あと実際のゲームプレイを模したweb上のブラウザ向けゲーム(?)もコンテンツにあるらしく、それらもダウンロードしていたから重かったのか。ゲームについてはwebブラウザでゲームをする気にはならないし、コンテンツにアクセスする際にまたロードが挟まったらめんどくさいのでスルー。主にメイキングやインタビューといったコンテンツをまず読んでみて、あとはムービーを視聴。youtubeとかで公開されていたらしいアサシンクリードのコラボムービー、MGS1のシャドーモセス島が再現されるかも的なムービー、といったものが公式にアップされていたのでそれらを視聴。他にもリゲイン、携帯、ユニクロといったコラボレーションもあるし、プロモーション活動とかにも抜かりはなさそうだということを感じました。あと、自分はMGS3でスネークがカロリーメイトを食べて「うますぎる!」とかいうので、カロリーメイトを食べるようになった人ですが、MGS4をプレイしたら疲れたときにはリゲインを飲む人になるんでしょうか。栄養ドリンクはあまり常用しないほうがいいような気がするのでカロリーメイトほどには摂取することはなさそうですが。小島プロダクションはいつも年末にメインの作品を持ってくるので、おそらくMGS4は2007年12月が本来の発売日だったように思いますが、半年近く延びたわけだから、その分、作品の品質、プロモーションの品質共に、よりレベルが上がっているといいですねと思います。あとトレーラーのところを見てみると、ひそかに2008トレーラーが公開されていました。TGS2007以降、発売日までの期間にはゲームのイベントがないのでトレーラーは公開されないかと思いましたけど。今回は映画の予告編風。いくつものシーンを短く切り取って、それらを繋げて、ひとつの物語風に仕上げるというMGS3の頃のテイストに近いもの。個人的には長尺のシーンを見せられるより、密度の高い映像の方がトレーラーとしては好きなので、これまでのなかでも一番好きかもしれません。でも、相変わらずMGS4のトレーラーは音楽が地味ですな。今回はMGSメインテーマが流れなかったわけですが、メインテーマはゲームの方に温存してあるんでしょうか。MGSのトレーラーといえばネタバレ全開でラストシーンすらトレーラー内に登場しましたが、謎が全て解ける完結編といわれている今回に限っては重要なシーンは本編に温存してあるのかもしれません。
それで明日は合宿だかキャンプだかがあって準備もあるのでMGS4のトレーラーを何度もリプレイし続けるわけにもいかないので、明日の準備を。と思いましたが、何故かここでブログの更新を開始します。そろそろここらで更新しておかないと、絵は描いてあるのに、それを吐き出していないので、次の絵が描けないという事態になってしまいます。それでブログを更新し始めましたが、買い物へいく必要もあって一時中断し買い物へ。
風邪気味なので外には出たくない思いもありましたが、体育館シューズ的なものがいるとのことで、でもそんなものはとうに捨ててしまったので、仕方なくスリッパを買いに出かけました。いやスリッパは不可と書いてありましたが、一日のためだけに靴を買うのも嫌だし、スリッパくらいならまあ買ってもいいかという値段ではあったので。あと外は冷えるし時間もないしで地下鉄で行きましたが、往復400円くらい飛びました。なんか電車代がもったいないのでイラスト系の本もついでに買いました。スモールエスの最新号。学校のクラブの資料用に持っていくやつです。みんなで資料を共有してみたら面白いのではないかと先日提案してみたので、じゃあ自分がまず持っていかないとなと思う部分があり。でも、神経質で潔癖症な自分としてはあまり汚したりしたくないし、本当に必要な資料とかはあんまりもっていきたくない感じなので、さっと見てさっと楽しめる類のものを持っていくことに。多分、デッサン用の本とか、人体の本の類とかは持っていかないと思う。
それで帰ってきたらまたパスタを食べるわけです。毎度毎度ポモドーロですね。それでブログ更新して現在に至る。でも、まだ書き足りないことはあります。起きてからの体調と、文章を吐き出すことによる自分を見つめ直す時間のどちらを取るかというせめぎあい。でも、これだけ書いたらもう今更体調とか気にするのもおかしいなとは思います。

あと忘れないうちにどうしても書いておきたい。
学校で創作関係のクラブに身を置いて、周りが絵が好きな人ばかりだからこそ思うことですが、自分は本当に絵描きなのかということ。少なくとも、周りの人たちと比べると絵を好きであるとはいえません。集団の中に身を置いて、他人と比較することで自分の立ち位置が分かります。黒と白のグレースケールの絵があったとして、同じ灰色でも周りが全て黒ならば明るく見えるし、全て白ならば暗く見えます。要するに何かと比較することによりその違いが分かるということ。そして、その違いが分かってなお集団に身を置けば、自分のなりたい色に近付くことは、独りでいるよりもきっと容易になるだろうと思います。周りに自分のなるべき色の指標があるわけだから。スポイトツールを使えばいいのです。
それで絵が好きではないとして、何故絵が好きではないか考えてみると、それは3Dの存在が大きい。そもそも何故絵ではなく3Dを作りたいと思うようになったか。ゲームが好きで3Dの表現に興味も思い入れもあるということも大きいが、今更絵を描き始めても、昔から絵を描いているような人には追いつけないから、人のやらないことをやる、という意味で3Dを表現の手法に選ぼうを思った、という理由もありました。だから、3Dを始めた理由を考えると、絵を好きで描いているというのは、実はかなりありえないことではあります。でも、絵が好きな人も、最初から絵を好きな人はいなくて、何らかの経路を経て好きになっていくわけで、自分が今の環境下に身を置いていればいずれ絵を好きになることも不可能ではないのではないか、と思います。
あと紙に絵を描けないことに関して。普通の人は紙に絵を描くのがまず最初にあって、必要があればPCでの彩色といった作業へ移行していきますが、自分の場合、紙に絵を描くという体験や経験をすっ飛ばしてPCで描いているゆえに、紙に絵を描くことができません。でも、PCでの作業が、現実における作業を擬似的に行うものであれば、アナログでの作業を経験していなければ、デジタルでの作業も行えませんよねという部分はある。実際に絵の具を使った経験が少ないので、photoshopという優れたツールを使おうが色塗りはできません。
あと学校の先生やクラブの人とかに毎回絵を見せることで、絵描きモチベーションを保っている部分がありますが、先生に対して色塗りが分からないので教えてくれって言ってみたら、驚くほど簡単に塗りの手順を教えてもらえました。自分はこれまでグラデーションがかったように色が変化していくものが作れず、境界線のはっきりした塗りしかできませんでした。つまり、「赤」と「青」の間には「紫」やその色に近い無数の色があるはずだけれど、「赤」と「青」しか塗れないということです。それでどうしたらいいかというと「指先ツール」でゴシゴシすればいいだけとのこと。実際PC上で実演もしてもらって、自分でも試してみて、確かに滑らかに色が転調していく様を目の当たりにしました。本当に、知らないだけだよなと思います。知らないことはどれだけ頭をひねっても出てきません。知っている人に訊いたら10分で済むことでも、自分独りだけでは何日何月かかっても終わらないどころか解決することもできません。実際これまで色を塗ろうと思ったことは数知れずありましたが、一年近く色塗りの方法が分からなかったわけだし。他の塗り方(例えばぼかしツールを使うとか、指先ツールで伸ばして中間色をスポイトで拾ってまたブラシで塗って滑らかにしていくとか)もあると思いますが、指先ツールを知っているだけで本当に塗りが見違えるようになるのではと思います。まあ、ツールの使い方が分かっても、経験に裏打ちされた知識がなければ意味がありません。何度も実践して身に付いたものこそ実力なわけです。
これは3Dにも言えることです。自分の分からないことでも、知っている人は知っていて、なんでこんなことも知らないのかというところで躓いていることもあります。やる気があっても、その力を注ぐべき場所や方法が分からなかったら、歯車が噛み合わず空回りして、むなしい音を立てるだけです。
即興で何故絵が描けないかについて。即興で絵が描けないのは、PC、資料、時間がないため。まずPCが何故必要なのかということは上で語っている通りです。資料については主にモチーフとなる元絵や、補助となるデッサン資料などを指します。でも、資料がないと描けないというのは、それは頭の中に素体の構造であるとか、デッサン、パースであるとか、そのあたりの知識が入っていないということです。つまり、自分の本来の実力を資料で補強して実際以上に見せているというか。なので資料がないような環境では容易に崩れるということになります。
あと時間について。これに関しては自分は3Dの制作のつもりで絵を描いているのではないか、ということ。3Dというのはひとつのデータに対して何時間、何十時間投じて、質を向上させていくものです。それで自分は3Dがしたいのに、3Dができないのでそれを絵に対して行っているというか。これは以前のエントリで描いた、3Dが先にあるからこそ、絵が完成しないということにも繋がっています。3Dを最終アウトプットに設定しているからこそ、2Dの絵は全て下書きの練習にしかなりません。そのくせ3Dでの制作はできないものだから、絵は中途半端で、しかも3Dでの制作を意識したような時間のかけ方をしてしまう。
あとデータをどこに蓄積させておくか、ということについて。学校で絵を描く人たちに接することによって、自分の絵への接し方が根本的に間違っているのではと感じさせられます。3Dにおいては、作業用ファイルにデータを蓄積させていきます。そして、そのデータはポーズを変えたり、質感を変えたり、カメラの位置を変えたり、ライトを変えたり、いくらでも使い回せる汎用的なものになります。でも、絵は描いて完成したらそれで終わり。だからこそ、絵を描く人は何度も絵を描いて、その作業工程であるとか、手順であるとか、絵のタッチであるとか、色づかいであるとかを頭の中に記憶し蓄積させていきます。PCのHDDではなく、頭の中こそがデータの保存領域です。自分の場合、頭の中ではなく、外部のストレージに記録して蓄積させていけばいいのだと思っていましたが、そう思っているからこそ紙と鉛筆しかないような状況では何も描けなくなります。自分の頭の中にないものなど、自分の実力ではないですよねという話。頭の中に経験として身に付いているから、容易に引き出せるし、それこそが真の実力というもの。多分、3Dをやるにしても何度も何度も同じ工程を繰り返して、手順を自分のものとして身につけなければそれは実力ではなく。何度も何度も絵を描いている人を見てそう思いました。環境は人を変えます。いやまあ、今のところ考え方が多少変わっただけですけどね。
今は絵を描くべきかどうか、ということ。3Dの授業は後期からということで現在のところモチベーションが得られても、効率的な勉強は行えません。なので、今は絵を描いておくべきだという気持ちが強いです。どちらにせよ、デッサン能力(人体の把握、空間認識の把握)がなければ、3Dでの制作も困難になるわけだし。というより、これまで3Dのことばかり考えていて、絵を3Dの下準備程度にしか考えていなかったからこそ上達しなかったのでないか、と最近思い始めて、また周囲に絵が好きな人たちがたくさんいて、この環境下なら自分も絵を描くことを楽しめるのではないか、という部分があって、自分は変化しつつあるのだから、このまま突き進むべきであろうと思うので。
余談ですが、本当は絵じゃなくて3Dをやりたい人だということを言っていたら、3Dを持ってきてくれ的なことを言われてしまって、正直言ってテキストの最初の方のページを流したぐらいの自分の実力では何も持っていけないんですが、と言ってみても、それでもいいということになって、あれ?3D再開ですか?絵をやる気になったのに?とか思ってしまって、ちょっと3Dもやる気になってきている今日この頃。まあ、以前作成したものを持っていくだけでもいいかとか思っていますが。でも、その言っていた人がクラブの部長さんで、その人は別の学科から転科してきた人で、3Dとかプラグラムとかの経験もある人っぽいので、多分自分の方が初心者気味ではある気がする。3D、3Dと言っていますが、実際累計2週間も3D触ってなかった気がするし。
あと自分の絵柄について。クラブでのマスコットキャラ描きにおいて自分の絵柄のなさを知ることになりましたが、今のところ本当に自分の絵柄がありません。絵柄は個性とも言い換えられます。現在のところ、描いてきた絵というのはおしなべて何かの模写。ゲームのCGであるとか、デッサンの本であるとか、写真であるとか、自分で何も見ずに描いたものはおそらくほとんど何もなかったかと。その場で引き出せないものなら、自分の力にはなっていないということで。でも、これまで描いてきた絵に何も意味がないということはなくて、おそらくこれまで描いてきた絵をブレンドして平均化したような絵が自分の絵柄になるのでは、またはしていきたいと思っています。これまで描いてきた絵は、分類すると二つに分けられます。ひとつはゲームCGのリアル調のイラスト。でも、リアルといっても、現実の人間そっくりという意味ではなく、基礎骨格やパーツのバランスは現実に準拠するが、細部のディティールはデフォルメして細かくは描かないといった感じ。もうひとつは萌え絵っぽくない萌え絵。でも、こちらも基本の骨格やバランスはリアル調の絵と変わらず、目鼻口のパーツを単純化してデフォルメを強めただけです。そういう意味では、方向性ははっきりしていて、デフォルメの強度は変化するにしても、方向性は固まっているので、あとはそれを自由に引き出せるように、頭の中にその手順や工程を落とし込んでいくだけです。
なにか他にも書きたいことはあったような気がしますが、現在時刻がもう2時なので焦りから細かい思考を拾い上げることが困難になってきています。明日キャンプだか合宿だか何だかが一泊二日であるというのに。とりあえず最悪な体調で当日を迎えることになりそうです。まあ、風邪をひいた時点で最善の体調で迎えるのは無理だったので、自棄気味にブログを更新していた部分はあります。まだ風呂も行ってないのになー。朝起きてから風呂はいるかな。そろそろ寝よう。寝ないと本格的にマズイです。寝る。

2008年05月18日

ベヨネッタ

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プラチナゲームズの「Bayonetta」(ベヨネッタ)が発表された記念にイメージCGを模写。ちょうど指先ツールを使った塗りを試そうと思っていて、このイメージCGは白と黒のモノトーン調で、カラフルな絵よりかは塗りやすいだろうと思ったこと、映っているのは脚だけということで複雑な形状である頭部を描くよりは楽だろうと思ったこともあり、新しい塗り方をしようとている自分にはうってつけのモチーフであると感じたのでこのCGを題材に選びました。それにせっかくプラチナゲームズのゲームが発表されて、その新鮮な喜びが冷めないうちに、何か表現しておきたかったというのもある。描いてみて思ったのは、これまで描きたいと思っていた塗りが面白いように描けるようになっていたこと。指先ツールを使うだけで全く変わります。本当に「知っているか知らないか」だけの違い。先生から教えてもらった時間は10分程度ですが、色塗りができずに独りで悪戦苦闘していた期間は約一年。本当にやってられない。やる気はあっても、歯車が噛み合わなければ空回りするだけ。やる気は正しい使い方をされてこそ成果を出すだけの原動力になりえます。何かがしたくても、力の使い方が分からなければどうにもならない。そんなことを感じながら描いていました。
この絵については、まずラフを描いて、そのラフをガイドに清書せずにそのまま塗りました。塗り中はラフレイヤーは基本非表示で、ノートPCに表示されてある元絵を確認しながら塗っていきます。時々ラフレイヤーを表示して位置確認。この塗りは厚塗りという描き方だと思いますが、塗りレイヤーはひとつだけ。パーツごとに複数のレイヤーに分けると指先ツールが使えません。指先ツールは同一レイヤー内でしか効果がないため色を混ぜたい部分は同一レイヤーに入れておく必要があります。ブラシツールで色を複数置いて、指先ツールで馴染ませ、必要があればスポイトツールで中間色をとって、その中間色をブラシで再度使用する、というような描き方をしていたような気がします。あとブラシは完全に色を置くだけのツールになっていて、指先ツールで線を描いていました。現実に置き換えると、ブラシは絵の具を乗せるだけで、指で絵の具を伸ばして線を引くという描き方になるので、おそらくかなり間違った描き方をしているのだろうと思いますが、どうにも指先ツールの使い心地が良すぎてブラシが使いたくなくなります。少しずつずらしながら線を引いていく感覚が、一気に長い線を引くのが苦手な自分には良いようです。
光沢や煙の部分であるとかはこれまで描きたくても描けないものでしたが、この絵では描けたことと、最終的に線画は非表示にしていて、塗りレイヤーと背景だけを表示していますが、線がなくても絵が描けることが分かったのが今回の収穫でしょうか。
というか絵のことばかり語っていて、ベヨネッタのことについて語っていませんが、プラチナの新作がようやく発表されましたね。しかも、パブリッシャーはセガということで。前回のエントリーで最近セガが好きだと書いた直後にこの発表なので何か運命的なものを感じますな。自分の感性とプラチナゲームズは近いということでよろしいのかな。そして、もっと近付きたいと思ったからこの絵を描いたわけです。少しずつにじり寄ってでも、いつかはこの人たちの作っているレベルのものが作れるようになりたいと思います。ベヨネッタのことについて書きたいことは山ほどあったのですが、残念ながら眠くて思考停止気味なのでいまいち書けず。またそのうち書くかも。
BAYONETTA OFFICIAL WEBSITE

ラフ
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上の絵のラフ。色を塗ることで絵にかかる労力も増えますが、その分、情報量が飛躍的に上昇しています。今まではこの段階で止まっていたわけだから、そりゃ絵として完成しないわけです。どうでもいいけど、ここ最近は絵を描くたびに最高傑作が出来上がります。今描いた絵がこれまでで一番上手くてそれをずっと更新し続ける感覚。もとが下手すぎなのもあるけど、環境が変わって成長できているということでしょう。向上できる余地はまだ大量に残っていると思うので、ここで止まるわけにはいきません。

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また「戦場のヴァルキュリア」のセルベリア。ベヨネッタもセガだし、同一エントリーでいいかと思ったのでまとめて。今回はラフレイヤーの上から、清書して線画レイヤーを作成することはしていません。そのまま塗りでいけるかと思ったのですが。

彩色
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上のベヨネッタと同じ感じで塗ってみましたがどうにも。線画の線をなしでも塗れるかと思って描いていましたが、殆ど装飾のないぴっちりした服の脚と違って、入り組んだ衣装、頭部、髪なんかは線がなければ形を保つことができなくなるようです。あと、厚塗りのような塗りをする場合、塗りレイヤーはひとつにまとめることは分かりましたが、線画レイヤーは塗りレイヤーと結合してしまうのかどうか、といったことがいまいち不明。いや、確か厚塗りの資料が本棚にあって、それを読めば多少参考になるのですが、それを取り出して調べる気力が最早ありません。要するにもう眠くて限界だと。もうエントリーを書く気力もないのですよ。でも、何故こうして眠気を我慢してまでエントリーを書いているのかというと、ベヨネッタ絵を描いて、一度吐き出しておかなければ次の絵に本気で取り組めないからです。この前描いた絵があるから、まだ描かなくていいやと思ってしまうわけです。眠いのにエントリ描いているのは、この絵をもっと良くして完成させるため。ちなみにこの絵は未完成の途中のものです。顔のアタリ線すら消してないし。では寝る。

2008年05月19日

一枚絵

5/19
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前回のエントリの状態からさらに色を塗りました。出来は正直微妙です。なぜなら、塗り方を模索しながら作業したため、場所ごとに塗りが違って統一性がないためです。例えば、背景や脚はグラデーションツール。上着はブラシと指先ツールを使った厚塗り風。頭部や肌はアニメ塗り。髪はネットのチュートリアルを見ながらの塗り。左腕は後から付け加えたので輪郭線なしのべた塗り。パーツごとに描き方がてんでばらばらで全体を俯瞰した時に一つの絵としてまとまりがありません。でも、背景まで描いて一枚絵らしい絵を作ったのはおそらく初めてだと思うので、そういう意味ではこれまでのどの絵よりも「作品」に近付けたのではないか、と思います。まあ、まだ作品とは呼べる出来ではありませんが。でも、このような新しいことをしようとした絵があるから、次に描く絵に繋がっていきます。そういう意味では思い入れ深い絵ではあります。
ちなみに手に持っているものは本来もっと複雑な形状ですが、面倒だしそこを頑張っても仕方ないと思ったので手抜き。あと風に揺れている髪の毛は光を透過して薄くなっているとか、空に浮かぶ雲は雲の向こう側の空の色を多少乗せているとか、いろいろ表現しようとしながら描きましたが、こうやって文章にしないと伝わりそうにない、というのが絵の表現力不足ということでしょう。言葉ではなくて、絵で全て語れるようになればよいのですけどね。でも、情報量でいえばこめられる情報は多分画像の方が多いのではと思います。テキストファイルと画像ファイルなら、圧倒的に画像ファイルの方がデータ量が大きいわけだし。いや、でも言葉ほど伝達に適したツールも他にはないし、データサイズはあまり関係ないのかもしれませんが。

今日の日記。そういえばリアルタイムに当日の日記を書くのは久しぶりだ。今日はこの絵と前回の脚の厚塗りの絵を持っていきました。でも、人に見せてみても反応が微妙すぎる。なんというかパッと見てそれで終了。自分が数時間かけて描いた絵であっても、数秒の間、見た人の目に留まることすらできないのかと思うと落胆を禁じえません。でも、この反応こそが自分を現実に押し戻して自分の実力を教えてくれるという見方もできます。世の中、なるようにしかならないし、見るべき箇所がない絵ならすぐに目を離します。でも、だからこそ、次はもっと人の目に映りこめるようにと頑張ることもできます。落胆はしても、それを燃料に出来るならそれでいいのです。先生にも見せました。その先生には授業がある度に毎回絵を見せていて、若干鬱陶しいぐらいなのではないかという部分もありつつも、先生は生徒の質問だとかに煩わされるのが仕事なのだから、何の遠慮もしなくていいと考えて毎回絵を見せていろいろ話を聞いています。今日はその先生が風邪をひいて授業進行が出来ないので自習ということになりましたが、教室にて何かあれば話してもいいということだったので、当然のことながら絵を見てもらいました。それで感想で「進歩している」と言ってもらえたのがちょっと嬉しかったです。その先生には学校に入ってから描いた絵は全て見せていて、受けたアドバイスから絵や絵の描き方を変化させている部分もあり、自分の実力を客観的に把握してもらっているであろう人なので、その一言にはそれなりの重みがあるような気がします。でも、この先生に「上手い」と言われたことはおそらくなかったと思います。でも、それを言わないことは正しいとも同時に思います。この程度で上手いと言ってしまえば、そこで成長は止まるし、これよりレベルの高い人たちなんて山ほどいるわけです。それに、上手いと言わないのは、もっと上手くなれるであろうことの裏返しであると受け取れもします。でも、いつかは上手いと言ってもらいたいとは思いますけどね。その境地まで達することができるかは分かりませんが、そうなりたいならただひたすら描くだけでしょう。
そのあとクラブ。今日は新しくクラブに入る人が見学しに来ていたので説明会的なものと、今後の活動の説明。それで新しく入る予定の人がレベル高くて自分のちっぽけさを思い知らされました。USBメモリか何かに絵のフォルダがあって、大量のサムネイル画像が並んでいて、まずそこから圧倒されました。それだけでも、この人は絵が好きなことが分かるし、小さなサムネイルからだけでも様々な絵柄が見て取れて、絵のバリエーションが豊富なことが分かります。しかも、自分はついさっき塗りを始めたばっかなのに、この人のフォルダの中は全部カラーであり、これまで自分のできなかったことを難なくサクッとクリアしていくような実力の人であることも分かります。自分がかなりの負荷をかけて成長したと思っても、その成長幅の遥か上に立っている人がいることを思えば、この程度でいちいち喜んでられないし、そんな暇があるならもっと上へ行けるよう駆け上がっていくべきだと思いました。それで、周囲の人の実力と、自分の実力のなさを実感してまた塞ぎこんでしまいました。以前に別のクラブでマスコットキャラを描いた時と似た感じ。あとコミュニケーション能力も何かと微妙すぎてどうも。その上手い人は女子だったのですけれど、当然遠巻きに眺めていただけで話しかけられないし、他の人と話していても、リアルタイムで会話するとあまりうまく話せません。頭の中で考えていることがあっても、それを全てアウトプットするために会話文を構成しようとすると時間がかかるので、どうも適当な一言で言葉を濁して会話を終了させてしまうというか。あとからもっと何か言うことあっただろうが、と毎回思うのですが、会話中はあまり地に足をつけて時間をかけて思考できないので、ベストな会話運びが出来ません。どうも当たり障りのない消極的会話を展開しがち。それで新しく入ってきた人もいたということで、会話機会とかは多少あったような気はしたのに、特に会話できずまたそれも塞ぎこむ一因に。そして塞ぎこむのでさらに会話機会が減少するという負のスパイラルが展開するわけです。社会人になるならコミュニケーション能力は必須なのでこれもどうにかしないといけないなと思いました。

絵を描かなければと思っていましたが、絵を描く前に前回の絵を吐き出しておかなければいまいちやる気が出ないと思ってブログを更新しました。でも、このエントリを書くのにも1時間程度かかっていて、自分の時間や気力はこちらに割り当てるべきではないなとも思います。ただ、この絵をアップするなら、この絵にまつわる記憶も残しておきたかったので文章も書きました。今後は絵と文章の時間比率も考えていく必要性があります。周りが絵を描いている人ばかりの環境に身を置くと最低一日一枚ぐらいは描いていかないとまずいなという気にさせられます。でも、こうして平日学校から帰ってきて、ブログ更新したり、いろいろしているうちに今日の場合日付が変わってしまうところまでいっているので、何か生活に変化を与える時期に来ているのかなと思います。今も文章なんか考えている暇があるなら、塗りの指先ツールを試すことに時間を使ったほうがいいとか思いながら書いています。ブログの更新はネット用ノートで、絵の制作はCG用PCと作業が完全にセパレートされているのが良くないのかも。同時には行えず、意識を完全に切り替える必要があって、それには相応の瞬発力が必要で、だからだらだらとPCを変更できず文章を書き続けてしまうと。なんかどんどん長くなっていくな。明日休みだけどそろそろ眠いし、睡眠時間がずれこむのもどうかと思うので今日のところは寝ますか。でも、やっぱり平日にも絵を描いていく必要はあるなと思った。

そういえば今回は一枚絵ということで、サムネイル画像を作って大きな画像も表示できるようにしました。先生に言われて、作業解像度をA4サイズにしたので、正直ネットのブラウザ用に画像を作成すると縮小されまくります。特にこのブログの場合、本文コンテンツの枠が500pxぐらいで、おそらく空白の部分とかを考えると480pxより大きい画像を載せるとレイアウトが崩れるので、これまではそれ以下に縮小してきました。でも、今回は一枚絵記念に。絵描きで大きな画像を載せるなら、ブログのレイアウトも手を入れたほうがいいなと思いますが、このブログが使ってるmovable typeはどうにも編集しづらくて変更する気が起きません。でも、レイアウト変えたら気分変わる部分もあるので、こういうところから意識を変えていくといいのかもなと思いました。書き終わろうと思いつつ、また長くなってます。そろそろ本当に書き終わり。うん。絵を描いたほうがいい。

エントリを書き終わって多少客観視できるようになると、ふと思い浮かぶことがあって、そのひとつに自分の絵柄ってどんな感じなのかなーということがあります。自分の納得のいかない感じの絵柄や好きではない絵柄は描かないので、自分の価値観はクリアしているような気はしますが、自分の嗜好が一般的であるとは限らないので、これが他の人に受け入れられるかは分かりません。でも、自分の模写するものは多くの人に向けてデザインされているであろうゲームCGが多いので、その影響を受けるなら多少の一般性は持っていると考えればよいのかどうか。ちなみに絵柄に納得はしていても、描き慣れていないので洗練されていないし、向上できる余地はまだ大量に残っているであろうという意味で、まだまだ十分ではないということは思っていますが。

どうでもいいけど、学校でネットの話になると、自分のサイトやブログを持っている人がいて、自分のブログもなんとなく公開したなくなってきますが、現状このサイトを公開するのは無謀にも程があるので思い止まる毎日。なぜ公開できないかというと、このサイトは現在のところクローズドベータテスト中というか、あまり積極的に公開はできないし、しないほうがいいからです。まず余計なことを書きすぎているし、そもそも人に楽しんでもらおうとか、人と関わっていこうとか、そういうことをあまり考えていません。でも、なぜそれなのに更新が続いているかというと、それは未来の訪問者や、未来の自分に向けて、過去を残しておきたいと思っているから。このブログのテーマは表向きCGを制作するためのブログということになっていますが、実は始めた当初から裏テーマがあって、一人の人間の過去から現在を見ることでそこから何か得られるものがあるのではないかと思ってそれを記録しておこうという意味合いもありました。自分はネット上のいろいろな人のブログとかを見て、そこから元気や勇気をもらって、絵なんて全然描いたこともないのにCGをやろうと思いました。それは頑張っている人たちの姿がネット上で見られたからこそそう思えました。そして、それはもしかしたら自分にも出来るかもしれないことです。誰に向けるわけでもないですが、ネットやネットにいる人に対して何か返しておきたい。だから、最初は何も作れなくても、ここまで成長できるのか、と思ってほしいから、最初の頃の絵を消すこともないし、書かなきゃいいようなことまでいちいち書きます。壁は高いほうが乗り越えたときのカタルシスも大きいのです。でも、最終的に自分が凄いと思われるような実力を身に付けるという前提がなければ、この裏テーマは成り立たないわけです。だから、今は公開できない、ということ。不言実行タイプというか、あまり大きいことを言うと出来なかったとき微妙なので、あんまりこれについては書きたくなかったのですが、学校でサイトがどうこういう話が多くて思うところあったので書いてみたり。でも、このブログではやたら3DCGやるとか言いまくっているので、もう今更だよなと思う部分はある。宣言することで目標を達成せざるを得ない状況を作ります。だからブログを続けている間は自分の意識は常に目標に向いていて、もうやるしかない状況なわけです。

2008年05月21日

無力

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最初にラフを描いておおまかな線をガイドに塗りを行うつもりでしたが、どうやら線画をある程度描きこまないと色は塗れないようです。線画の代わりに色で形を作れるのではと思ってそのような手法で描こうと思いましたが、色、ブラシサイズあたりを頻繁に変えながらでは、形を作るところまで頭が回らず。線画で形をはっきりさせているから、光の当たり具合による陰影とか、色づかいとかまで考えることが出来ます。それで結局、塗りは途中で破棄して線画を描きこんでいってそこで力尽きましたとさ。指先ツールを使った塗りの試しを、この絵で行わなくて本当に良かった。絵の難度と、指先ツールを使った塗りの難度を取り違えて、塗りが本当に出来なくなるところでした。そういう意味で、指先ツールを使った塗りの最初に脚だけの単純な絵を選んだのは正解でした。

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上の絵が塗れなかったので、ならばアニメ調の塗りならまだ簡単かもしれないと思ってトゥーンシェードのモチーフの絵を描きました。しかし、塗りをしようと思っても自分の中に一度描けないイメージが出来てしまって、どうにも描けないと思い込んでしまってうまく描けずに、また塗りレイヤー完成せず。集中できないし、集中できない上で描いてできたものは出来が悪いので、それを見ることによりまた描けないと思い込んでしまって、というスパイラル。一日に二枚描いたのはおそらく久しぶり。絵の休憩や気分転換に絵を描く、という感じでした。でも、やっぱり絵を描くことに負荷は付きまとうのは変わらず。

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学校では自分の無力さを痛感するばかりだ。クラブに新しく入ってくる人のレベルが高すぎて、自分のレベルの低さ、絵に対する意識の低さを思い知らされる。でも、絵のことはまだいいとして、問題なのはコミュニケーションスキルの無さだ。気の利いた話題も思いつかないし、能動的に会話することができない。どこまで踏み込んでいいのかの境界線が分からないんだよな。それで結局、一切踏み込まないという、会話機会を棒に振る選択ばかりを選んでいて、なんとなく疎外感を感じて殻にこもって、余計に話せなくなる、と。自分の絵のレベルが低すぎて同じ目線で会話できないだろうとか、卑屈に考えてしまうのもやめたほうがいいとは思うが、実際レベル差がありすぎて話が合わなくて会話はできないだろう。でも、この場にはしがみついてでも残りたいとは思っている。そのために今自分がすべきことは、絵を描くことしかない。本気で塞いでいるので文体すら変わります。

絵のオリジナリティについて。クラブの人は大概自分の絵柄や個性というものを持っていますが、自分は未だ模写で他人の絵を真似ているだけです。どこかに就職するとか、自分の作品を見てもらおうとするなら、その人独自の絵を作る必要があります。でも、オリジナルの絵は今のところ描けそうにない、というのが実情です。なぜかというと、ポーズとか表情とかが浮かばないから。いや、実際は少し違っていて、絵のイメージは浮かんでも、その詳細まで把握できていないので、絵にすることはできません。なので、今は人の絵の真似をすることで、そこから吸収していこうという段階だったはずですが、どうもクラブに行っていると、模写しているようでは駄目だ的な空気が存在していて、そこも居づらさに拍車をかけていますね。

もう文章とかどうでもいいから絵を描けよって気にになってきたのでもうエントリは書き終わる。現在8時半ぐらいで、明日も学校があるので夜更かしはできないし、睡眠時間が短いと朝起きられない人なので、どこまでできるか分からないが、立ち止まって躊躇している時間すら惜しく感じる。学校で絵の話をよくしていて、持っていくことになっている絵が何枚もあって、あと数時間でこのタスクを全てこなすのは何か無理っぽい気がしなくもないが、追われるものがあるから、全力で走れるとも思えるな。とりあえず夜ご飯を食べてから絵を描くつもりですが、ご飯食べたら眠くなりそうではあるな。今ももう眠いし。

2008年05月22日

疲労

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学校で友達に萌え絵の描き方を教わったので描いてみた一枚。目の描き方にやはり特徴があって、上瞼のカーブであるとか、瞳の描き方であるとか、そのあたりの話を聞いたので実践してみたつもり。頭部しか描かないと首から上だけの絵になってしまうので、このデフォルメ具合の絵に合う身体も付け足しました。でも、本当は一枚絵のようなものが描きたいと思っていて、それができずに、じゃあ普通の立っているだけのポーズだけでも、と思うもそれも実現できず、結局服はなしで素体のみになったという妥協の連続。この絵は何も見ずに描いたオリジナルと呼べるものですが、自分の頭だけで描くとこのあたりの情報量までしか表現できません。腕の先を描いていませんが、その腕がどのように曲がって、どのように感情を表現するか、といったことは想像できても、その詳細なイメージは頭の中には浮かんできません。それに腕が曲がれば、その流れは腕だけでなくて全体に及びます。例えば腕を上げて手を振っているなら、顔は視線の先の誰かへ向けて笑っているかもしれないし、身体は腕に揺られて傾いているかもしれない、脚は揺れる身体を抑えるために少し開いているかもしれない、というような状況を想像する必要があります。もちろん他にも考える要素は大量にあります。でも、そういったことを絵描き中に一度に考えられるほど思考回路が繋がっていませんよね、という。線を引くだけで精一杯だ。
今回萌え絵柄を描いてみましたが、これは自分の絵柄にはならない気がする。なぜかというと、絵や作品というのは自分の内面が多少なりとも表出するものだと思いますが、自分の中に萌え的なものはたぶん存在しないから。表面的に真似できても、それは真似でしかありえないだろうと。ちなみに萌えは自分の中にはなくても眺めるのは好きですよ。

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正面からの絵を描いていたつもりがまた素体化。顔も描いていたがどうも左右対称に描くのが嫌になってきて最終的にはアタリ線だけに。ここまでしか描けなかったということは、結局のところ自分の素の実力はこのレベルでしかなく、モチーフや資料で実際以上に見せていただけということ。真正面や側面の絵を描くと無性に3Dがやりたくなるのは、これが3Dのグリッドに配置する下絵に見えるからだろうな。

5/22 thu
調子はガタ落ちだ。先週の土曜日に指先ツールを使った塗りを試していたときは、確かに成長を感じたし、新しい表現を身に付けて絵に込められる情報も格段にアップする、と思えていましたが、それが今ではどうか、上向きだった気持ちは完全に瓦解して一週間前の自分が別人のようにすら思えてくる。
最近の人付き合いに関してまずい部分が目立ってきています。どうも余計なことを悪い方向に考えて、萎縮して閉じ篭もり、円滑なコミュニケーションが行えなくなっている部分がある。なんだろなー。原因はと考えるとまず間違いなくクラブの存在だろうな。なんというか周りのレベルが高すぎて、自分の居場所が見つからず、クラブの空気が正直苦痛にすら感じるようになってきている。小さい頃から絵を描き続けてきた人に、1年前から描き始めた自分が太刀打ちできるはずがあるはずもなく、自分がここにいるのは場違いに思えてとても居心地が悪い。そういえば、なんで3Dをしようと思ったかを思い返してみると、小さい頃から絵を描き始めてきた人に敵うはずがなく、それに比べ3Dは制作環境が特殊で、子供の頃から触れている人なんてほとんどいなくて、スタートラインにあまり差がなく先行アドバンテージが少ないから自分でもまともに勝負できるかもしれない、と思ったことが一因になっていました。だから、ある意味、絵描きの人を仮想敵に設定して闘志を燃やしていた部分もあり、なぜか相容れない人たちに思えてしまうのかもしれない。同じクラブの人なのだから仲間か敵か、どちらかといえば仲間ということになると思うのだけれど。まあ、仲間と呼べるほど親しい関係かは別として。しかし、3Dをやるためにわざわざ専門学校に入ったのに、結局3Dはできなくて真正面から絵で勝負を挑むことになって何やってんだかなーとは思う。でも、絵とか3Dとかは表現方法の違いでしかなく、重要なのはデザイン力、発想力、行動力あたりだ。結局ツールを変えても、道具を使う人間が変わらなければ意味はない。
最近は疲れてるなーと思う。疲れているので充実した毎日が送れず、充実していないのでまた疲れが増してくるという良くない循環。そもそもこのようなエントリ自体が墓穴掘りに思えなくもない。まあこのまま埋もれたくはないので、なんとか這い出すつもりではあるが。
精神が痩せ細ってきていることを実感できるほど疲れているみたいなので、そろそろ映画とかゲームとかで栄養補給をしたいところだ。でも、まとまった時間がないと鑑賞したり遊んだりする余裕が。それで描く気力もないのに、絵を描こうとしたり、墓穴しか掘れないのにブログを書いて、余計に疲れていくわけだ。本当に良くない流れだな。
こういうときは一度流れを断ち切るのが良さそうではある。やっぱり何か映画あたりを視聴したいな。でも、プレイヤにディスクをセットする気力もなく、シャットダウン寸前の頭で文章を書いて力尽きて寝落ちするわけだから。これはもうとりあえず寝たほうがいい。

2008年05月25日

肌の塗りと絵描き祭り

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彩色しました。主に肌の塗りの練習です。
この絵の肌は基本色1色と、影色が3色あります。その4色のグラデーションで奥行きを表現して平面を立体にしようとしていました。塗っていると意外に面白くてずっと続けてしまいました。それで胴体の塗りに特に力を入れていたので後から服レイヤーを作成する気にならなかったわけですが。この絵はデッサンや人体資料は参照していますが、モチーフはなくて自分の頭の中にあるものだけで形作ったので、これでは貧乳派と言われても否定できません。個人的には大きくもなく小さくもない平均型が最良だと思っているつもりですが。均整の取れたバランスこそ美しさじゃないかと。
髪の塗り。髪は線画段階で髪の房の領域がはっきりしていないと、塗るのが大変です。線画段階ではぼかしていても、色を塗ることで情報がはっきりとするので誤魔化しがききません。そういえば影はところどころに入れましたがハイライトは入れていません。そこまで頭が回らなかったというか。
眼の塗り。CG彩色テクニック3(POP著)を読んで参考にしながら塗りました。肌や髪もこの本を見ながらの作業でしたが、特に眼の塗りに関しては完全に資料頼みで作成しました。肌や髪は感覚で塗れる部分もありますが、アニメ的な技術の結晶である眼の部分は、感覚でどうにかなる部分ではありません。塗りの工程は、レイヤーや選択範囲などツールの機能をフルに使用していて、普通にやっているだけではどう考えても思いつかないようなやり方です。感覚ではなくて理詰めでかっちり制作されているというか。次回塗ろうとしてもおそらく手順を覚えていないので塗れないと思います。

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日付が変わった頃に上の塗りが終わって、色塗りばかりで形を作ることをやっていないなと思ったので絵描き。これも何も見ずに描きましたが、やっぱり何も見ないとこれぐらいしか描けませんよね、という。最初はアタリをつけて、顔のパーツを描いていきましたが、どうも両目の角度が斜めっているので、輪郭線を描き直していたりしたら、どんどん顔の向きが斜めの方を向いていきました。最初の枠に収まらず、思いついたものにどんどん継ぎ足して修正していったら方向性がおかしくなった感じですね。何も見ていないということは、自分の素の描き方に近いということだと思いますが、自分で描いといて何ですがあまり好きな絵柄ではないなと思いました。この絵の最初のイメージは水の中のような場所で目を閉じて浮かんでいる人の絵が描きたいと思っていましたが、そもそも目を閉じてすらいません。オリジナルの絵を描く必要性を感じていて、それは自分の表現であるなら、目を閉じて目覚めを待つようなイメージが今の自分の表現したいものでした。でも、それを表現しようと思いながら描いたのに、出来上がったものは随分といろいろ違います。絵の描きこみも想像上ではもっと細かくて、青白い光が当たって、顔の陰影はもっとはっきりでていて、目を閉じていて表情がなくても、そこに表情が感じられるぐらいのイメージは持っているのに、それが描けないということは知識や経験の不足ということですね。あと目を閉じているという状況でも、その閉じ方にもいろいろ種類があってそこに表現を込めることもできるだろうと思います。でも、まだそこまで行ける段階では。まあ、いつか描く。

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東雲太郎著「キミキス various heroines」の2巻の表紙を描いたつもり。想像でオリジナルを描くのは体力気力的にきついので模写に移行。でも、あまり似せる気はなくて、実際あまり似ていません。ここらあたりから、一日何枚描けるか、という方面で力を入れ始めました。おそらく10分か20分くらいで描いています。もっと時間をかければモチーフに近づけることもできましたが、今はそれはいいやということで。自分も絵を描いてみると、漫画家の人がどれだけレベルの高い作業を継続して続けているかが分かります。あとこのコミカライズについては原作より面白いのではないか、という気すらするクオリティ。ゲームをやるのはめんどうだけど、漫画ならすぐに物語に入れるし、どの場面にも無駄な時間を挟まずアクセスできるし、読み終わるのも一瞬。まあ媒体の違いだけではなく、著者の絵や、話の内容に好感が持てるという部分あってこそですが。絵についてはもうこっちでゲームを作ればいいのではってぐらい好きな部類の絵ですね。表情豊かで感情がちゃんと表現されているのかよい。ちなみにこの描いた絵は漫画の絵には全く似ていないので参考にはなりません。念のため。

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FF12の設定資料集(アルティマニアオメガ)を流し見て、気に入ったカットを描いてみるという流れに。アーシェ殿下です。またモチーフとは絵柄が違いますが、自分でもこういう絵柄描けたっけと思って結構気に入っています。でも、狙ってこうなったわけではなくて、たまたまこうなっただけなので、次回同じ絵を描けと言われてもできるかどうか。でも、あんまり力を入れずに描けた部分もあって、目のあたりなんかはブラシで適当にガシガシと輪郭を作って、消しゴムで調整というやり方で一発で作れたので、少しは成長したのかなと感じています。前までは何度も何度もブラシと消しゴムを行き来していたので。でも、短い時間で作った分、線自体は粗いままですが。

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上の絵と同じカット内のヴァン。同じモチーフを見ながら描いたのに、随分と絵柄が違います。でも、顔のバランスなんかは自分の描きたい絵と近いのでこれはこれで良いかなと。

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ドクターシド。側面からの絵。もうここらあたりで眠気が限界で寝そうでした。今見返してみると、眼鏡の位置がおかしいです。もっと前方にないと顔に装着できません。確か描いている途中はこれは片眼鏡だと思って描いていて、あとから前方からのカットで確認してみたら普通の形の眼鏡だったという。まあ、キャラクタを描くことが目的ではなく、絵の練習をすることが目的なので、そこらへんはこだわらなくていいやということで修正はしません。というか、修正しだしたらキリがないです。あと、この絵は下の方を見ている絵でしたが、当初は何故か真正面を向いている風になっていて、あとから回転ツールで顔の向きを変えました。こういうことばかりやってるから紙に描けなくなるのだろうとは思います。

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パンネロ。眠さ限界でパンネロの本来のポテンシャルを引き出すことは困難を極めました。本物のパンネロは可愛すぎるからな。

そういうわけで途中からFF12祭りに突入。結構調子が上がってきて、この調子のままでずっと描き続けたいと思いましたが、時間の方が深夜3時近くへ突入して眠気から絵描き続行が難しくなったので、名残を感じつつ寝ました。ヴァンを描いているあたりが調子のピークだったような気がします。今日は昼頃起きて、まだ絵を描いていませんが、昨日のような調子を継続して絵が描ける状態になっているかどうか。とりあえず一旦ブログにアップしておかないと更新内容がたまりすぎるので、絵を描かずに文章を書いています。というか、夜の静かな時間帯にならないとどうもやる気が。それまでは部屋の片付けとかしてますか。

しかし、少しは成長したかと思っても、ネットを見渡せば上手い人ばかりで自分の成長幅が誤差程度でしかないことを思い知らされます。でも、その誤差程度の成長幅を積み上げることでみんな上手くなっていったのだろうし、これを続けていくしかないのだろうと思います。

2008年05月27日

だからこそ、あがくのだ

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バッシュ全身。頭身バランスはとったつもり。腕や指も不自然に見えないようにそこそこ。でも、服が複雑すぎて描くのが嫌になって中途半端な状態です。

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上の絵の頭部拡大。8頭身の人を全身入れようとすると顔の部分が縮小されまくります。上の画像では分かりませんが、それなりに描いています。まあ、どちらにせよ、描写不足ではある。

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線画の絵は寝る前深夜のうちに描きました。この絵はちょうど一日後の同じ深夜頃に描かれています。つまり、24時間の間に描く絵がこれだけ変化したということです。この間、何があったかというと、まず発端はtomatika氏のサイトにあるお絵かき掲示板の作業アニメーションを見たことです。そこで他の人がどのような工程を経て絵を塗っているかを知りました。その後、学校へ行ってtomatika氏のように線画を描かずに塗りだけで絵を描くとどうなるかを学校の授業中に確かめてみました。ちなみに授業の課題は終わっていたので何をやっていてもいいのだ。それで手ごたえをつかんだので、帰ってきて絵を描いてみたらこうなったという感じです。自分で言うのも何ですがいきなりレベルアップしすぎです。というより同じ人が描いてるとは思えん。これだけ表現できるだけの感覚はあったのに、塗り方が分からないとその力も発揮できません。でも、これは本当に「知っているか知らないか」だけの違い。たったひとつのアニメーションを見ただけでここまで変わったわけですからね。ただ、これまで積み上げてきてつぼみをつけていたものが一気に花開いたという部分はあるかもしれません。以前まで線画の修正をブラシと消しゴムで延々何時間も続けるような絵の描き方をしていたからこそ、黒の細い鉛筆を、色の付いた絵筆に変えることで絵筆の扱いに応用できたというか。自分の場合、長い線を一気に引くより、少しずつ修正していく方がやりやすくて、ブラシと指先ツールによる塗りはまさにこれでようやく歯車が噛み合った感覚です。線画の線が汚いと言われまくっていたので、だったら線画を描かずにいきなり塗ってしまえばいい、という逆転の発想に近いですが、結果的に自分の描き方を見つけられたかもしれません。ただ、まだ一枚しか描いていなくて、複数枚仕上げるまでは描き方が定着しないと思うので、何度か描いてみて確かめてみたいところです。
今日は休みでしたが、起きたのが昼で、しかも起きてからはずっとぼーっとしてました。真っ先に今回の塗りによる絵の描き方を確かめてみるべきだとも思いましたが、何故かやる気が起きませんでした。寝て起きてみたら描けなくなっているような気がして、確かめるのが怖かったというのもあるかも。もともと昼の時間帯は、外の車の音とかがうるさいこと、気温が高く暑くていまいち集中できないということもあり、その集中できない時間帯に描きたくなかったと思っていたのも一因。
ぼーっとしている間は、この描き方なら今まで描けなかったものも描けるかもしれないと、FF12、オーディンスフィアの設定資料集あたりをずっと見てました。思い返せば、このブログを始めた一年前に最初に描き始めたのがこれらの作品の絵でした。当時は全く描けずに何度も嫌になったし、実際に何度か放り出していたわけですが、でも、できなくてもしようとしていた日々があったからこそ、この絵があるのだろうと思います。
といっても、この絵で取っ掛かりが掴めただけであって、この程度で満足したらそこで終了です。実際にこの絵はまだまだ向上できる余地が大量に残っているし、やるべきことはたくさんあります。それに表現の追求に終わりはなく、どこまでいっても旅路の途中でしかなく。この絵もひとつめの壁を越えただけで、次には新しい乗り越えるべき壁が待っているわけです。
でも、今日という日が何かの区切りになったような気はするし、この絵が描けて嬉しくはあるな。そして、おそらく3DCGもこんな感じなんだろうなとも思います。「知っているか知らないか」の違い。頭の中に表現したいものがあっても、その表現方法を知らなければ具現化できません。何の根拠もないですが、3DCGもできるようになる気がします。少なくとも自分の頭の中にはつくりたいものは想像できるので、あとは表現する手段を知って身に付けるだけです。
明日も学校があるので、持って行く用に他の絵も描きたくなってきました。おっさんを持っていくだけでは受けがよろしくないので、次は女子を描きたいな。男と女では身体の構造がかなり違うので、陰影表現も変わってくるだろうし、描きたいものはたくさんあります。以前は自分がやるのは3Dで絵はどうでもいいとか思ってたんですけどね。
「知っているか知らないか」の違いですが、これは何にでもあてはめられます。例えばテストの問題、あれは予め同じような問題を解いて対策をして、知っておくから解けるわけです。絵だって、人間の身体を調べて構造を知っているから人を描くことができます。でも長い時間をかけて経験として知っているもののあるけれど、一度知ってしまうだけで効果のあるようなものもあって、例えば絵筆の使い方を知らなければ何も描けないわけです。棒の先に毛がついていて、そこに絵の具をつけて、線を引くことを知っていれば、絵の道具として扱うことが出来ますが、それを教えてもらわないと絵筆がただの棒としてしか認識されないかもしれません。自分の場合もそれであって、ようやく色の塗り方が分かったような気はします。まだ「気がする」程度の段階ですが。
でも、長い時間をかけて身に付けた経験というものは、一朝一夕の知識で相手にできるものではありません。絵を描き始めたのが20歳を過ぎてからだし、一年近く色塗りが分からず、遠回りだの足踏みだのを続けて時間を大幅に失ってきたわけで、これからも結局延々と不利な戦いを続けることになるのは変わりありません。でも、だからこそあがくのだ、ですよ。
いや正直このバッシュのセリフが言いたくて無理に文章を繋げました。でも、その一言があって、この絵まで辿りつけた気はするので、良い作品に出会うことで自分の人生が変わることもあるのです。そして、自分はそういう作品を作れるようになりたい、と思うわけです。ちなみに、絵とか、3DCGとか言ってますが、自分の本来作りたいものは、物語です。そのためには視覚表現が必要で、その表現に3DCGを用いるつもりで3Dを始めて、それにはデザイン能力が必要なので絵を描いています。こうして自分の目標から、現在地点までを逆向きに辿っていくと、目標と自分のいる場所が遠く遠く離れていることがよくわかります。でも、今回初めてまともに色が塗れるようになって、その長い道中が少しでも楽しくなりそうな気はしました。
もう日付が変わってしまったので、そろそろ絵描きに移行しようと思います。なんかこれだけブログで話のネタにしておいて、色塗りできなくなってたらやだなーとは思いつつ。そろそろ絵描きへ。

あと書き忘れたけど、最近絵描きするようになって、よくtomatika氏のサイトを見ていたから今回の塗りまで到達できましたが、自分はあの人のことをそろそろtomatika先生と呼ぶべきではないか、と思ってきましたよ。当然のことながら面識は一切ないわけですが、ネットでは名前も顔も知らない人のことでも、その人がネットに上げている分の情報だけなら何でも知ることができます。そこから何かを得ることができるかもしれないし、自分を変えてくれ