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最近不調続きでこれを描くまでに数枚失敗しています。その数枚もそこそこ頑張っていましたが、この数分で描いた絵より酷い出来。情報量や投じた時間はその数枚の方が上だったと思うのだけれど、直視できない出来なので消さざるをえずアップされることなく消えていきました。
それで気分を変えて線画を描くことにしました。いつもは線画を描かずに塗りだけで描いていきますが、塗りだけで表現しようとすると完成するまでにかかる時間が長くなる傾向にあって気軽さに欠けます。あと線画を描かないといっても、目や眉のラインであるとか、口を結んだときにできる線であるとか、顎と首の境界線になる線などはいつも線を引いているので、たまには線画を描いてみるのもいいだろうということで。
今回の件で、不調時の心理状態を多少把握しました。自分の場合、不調というのは絵を描く気力に欠ける時をいいます。指や手は動かしますが、基本的に頭を使うことがメインだと思うので、その時の精神状態による影響は大きく、頭が描けないと思い込んだから本当に描けない。それでも描こうとする場合、描けないことを、何かを描くことで反証する必要があって、その場合やたら結果をすぐに求めてしまう状態に陥ります。でも、そんな気が急いている状態では、描けるものも描けないので、描こうとすることで、より描けない状態を作り出してしまいます。被写体をじっくり観察しなければものの形は把握できず、ただ筆を動かすだけでは意味のない線が溢れ、乱雑な形を成していないものが出来上がるだけ。それで、そのような不調状態に陥った場合は、むしろ絵を描こうとせずに気分を入れ替えるなりの行動をとるのがよいと思いました。ずっとカンバスに向き合っていては視野が狭くなるし、絵に描き出す情景はカンバスの外に存在します。切り取って残したいような絵があるから、カンバスは埋まっていくのだと思います。
絵は「星間飛行」のジャケットです。前にも描いたな。
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上の絵に続いてマクロスFの音楽CD「ライオン」のカバーアートの模写。
そういえば、これも上の絵と共通する話だけれど、線画の色が黒じゃなくなりましたね。この色は一応いつも肌色に使っている色で、毎回肌ばっかり塗っているのでこの色がデフォルト色になりつつあります。あとこの絵は良く見ると線の太さが下に行くほど増していっています。もともと顔しか描いていなくてカンバス内のほとんど顔で埋められていたけれど、徐々に描画範囲をひろげていった結果、顔がどんどん縮小されて、でも使っているペンの太さは変わらないので、縮小された分だけ線が細くなっていったという感じです。
縮小されて鼻の線とかが消えているので、これは塗りでカバーしたいなあという思いが少し。線だけでは表現できる部分が限定されます。絵に描いた時に線として表現される部分は、材質の違い、色の違いなど、境界線として区切ってもいいほどオブジェクトに差があるときに「線」として認識されます。例えば目の線は描くのに、鼻の線はあまり描かない人がいるのはなぜかを考えてみます。目は、皮膚である瞼と、眼球では材質そのものが違うので、瞼と眼球の間の空間を線で表現してもよく、また睫毛による線の増強がその境界線の存在をさらに大きくするといった理由がありますが、鼻の場合は一応頭部の中央で隆起した目立ったパーツではあるのだけれど、そこに材質差はなく、線で表現するほどの境界がありません。ちなみに鼻が線として際立って描かれる場合、その大体は頭部は横を向いており、鼻と、その奥にある頬の部分との境界が線として描かれていると思います。これは鼻の面と、頬の面では光に対する角度が違うので、明暗差が大きくなるとか、そういう理由がありそうな。
あとジャケットでは本当はシェリルとランカという2人のキャラクターが手を繋いでいる絵ですが、シェリルしか描けなかったな。もともと顔しか描いてなくてその都度描画範囲をひろげていった絵なのだから、ランカちゃんも描けるはず!と思ったのですが、続きを継ぎ足していくのは土台となる部分があってある程度その影響下で「引っ張られながら」描くことができますが、新しいものを描こうとすると気合も入れ直しというか、要するにもう気力が尽きたので無理かなと。まあ、そのわりに下の絵を休憩なしで続けて描いているわけですが。
それでこの絵のもとになったモチーフの主題は、キャラクターそのものではなく間違いなく二人の繋いだ手の部分だと思います。指を交互にがっしりと絡めあったその姿からは二人の繋がりの強さが表現されているわけです。ちなみに左腕が消えていますが、その左手がランカの右手と結ばれており、その先にランカがいます。スカートのチェック模様や、繋いでいない側についている手首のアクセサリーの精細さであるとかは文字通り装飾でしかなく、この絵を模写するなら描いておくべきポイントは二人の繋いだ腕の部分で、そういう意味でまた続きを描くのもいいかなとか思っています。ただ綺麗なだけの絵とかにはあまり意味はないと思っていて、そこに見た人の心を動かすような情景が描かれているかのほうが重要です。少なくとも自分はそういう絵が作りたい。でも、綺麗な絵を作るだけでもそこには大量の知識や技術が必要であり、絵に「表現」を込められるのはまだまだ先の話であろうと思います。
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鳴子ハナハル著「少女マテリアル」の裏表紙の少女の模写。でも、正確には模写ではなくて、モチーフではパンツとかもはいていて半裸状態なんだけど、今回は身体を描く練習なので服は想像力(妄想力ともいう)で取り払いました。
普段は鎖骨ぐらいの範囲までの頭部を描くことが大半なので、描く手順のようなものが記憶されていなくて相当大変でした。しかし、こういうポーズでどうすれば思いつくのかなと。身体の造形、可動域、また動くことによる形状の変化などが頭の中に入っていて、言ってみれば頭の中に3Dモデルが存在していてシーン構築が容易に可能で、絵に描きだすことがレンダリングに相当するとか。こういうシーンを頭の中だけで構築するというのは今の自分では無理がありそう。毎回困るのが腕やその先にある手の処理。特に指は5本あって、関節も指1本につき3つあり、処理が複雑すぎて処理落ち発生!フリーズ!みたいな状況に陥りがち。ちなみに考え始めた時点で既にフリーズする。処理の重たさというより、そんな処理しても面白くないからやめとこうぜと命令が却下されるといったほうが正しいかも。
ちなみにこの絵も最初は線画を描いていたのだけれど、線画レイヤーをアタリにして別レイヤーに塗りだけで描く、ということをしています。線画レイヤーはあとから削除。でも、ある程度アタリがあったほうが描きやすいので、おおまかな位置取りをしたラフ的なものをを線画で描くという方法もありかなと思いました。
今は模写をしているので、自分で構図やポーズを考えているわけではないのだけれど、シーンを思いつかないわけではなく、シーンを思いついてもそのシーンの詳細なディティールまでは自分の描画エンジンでは再現されないので、描きだしようがないという感じです。例えば人の笑っている顔を描こうとした場合、まず当然人間を知らなければ描けません。しかも知っているというのは、詳しい形状やバランスを把握している、という意味での「知っている」でなければ絵は描けません。有名な法則に、頭頂から顎の先までのその中間に目の位置があるとか、目の間は目ひとつ分とかがあるのですが、少なくとも自分の場合絵を描き始めた時にはそれを把握しておらず、把握していなかったので人間の形になりませんでした。そして表情を作ろうと思う場合、どのパーツの形状を変化させた時に感情の成分が表現されるか、またパーツの形状の変化でも、個体差による造形の違いと、表情筋が動くことによる表情の変化の違いを表現できるか、といった問題もあり、表情ひとつ作るだけでも様々な仕組みを知っておく必要があります。それで頭部の範囲だけでもこれだけ大変なのに、描画範囲をさらに大きくひろげた「シーンの構築」となると、できるわけないだろ!となるわけです。
あとこれはかなり裸に近い(足先の描写がなく、もしかしたら靴下や靴をはいているかもしれないので全裸ではない)ですが今の自分にはこのような絵を描いておく必要があります。人間を描こうと思うなら人間を知らなければ描けません。服などで線をごまかしてしまうと結局頭の中には曖昧なモデルしか定着しないと思うので、次はおっぱいあたりも描かなければなーと思います。
この絵だけの話ではないけれど、毎回描くたびに絵柄(デフォルメの仕方)が変わります。まあ、方向性の違う様々な作品の模写をしているのだから、絵柄が変わるのは当然です。でも、ふと自分で何かを描きだしてみようと思ったとき、自分の絵柄がないことに気付くわけです。ポーズや構図を考えられないだけでなく、基本的なデザインの方向性すら定まらないなら絵なんて描けるわけがないわけで。でも、毎回絵柄が変わっても、共通する部分はおそらく存在していて、絵を跨いで引き継がれる共通部分は自分のものといってもいいんじゃないかなと思います。それに該当するのは塗りぐらいしかないわけですが。絵柄が変わっても同じ人が描いていると分かるぐらい、塗りの表現力を上げていきたいものだと思います。
そういえばこのエントリーに3枚画像をアップしていて、調子の復調曲線がかなりの急勾配になっていることが分かりますが、今回調子を戻せたのはネットで他の絵描きさんのサイトをいくつか見たからかなと思います。知らないサイトにはあまりアクセスしないようにしていますが、気分変えたいなーと思っていろいろ見ていたら実際に気分が変わったというか。あと自分だけかもしれないけれど、過去ログなどがある場合、トップページやその付近のページをみたあと興味があるサイトなら一番古いアーカイブにアクセスしますが、すごく上手い人でも最初からそのクオリティーで描いていたわけではないことを知ると、自分も頑張りたいなと思えます。今回気力が戻ったのはそれが理由。
絵が上手い人はやっぱり何年も描いているのが普通で、自分の場合塗りはまだ数ヶ月程度。絵を描き始めたのが遅いことが自分の気力を減退させる一因ですが、でも今から数年描き続ければそれなりに上達できるのではと思うことで気力を持ち直すというか、もうそう思わなければやってられねえという感じだ。
あといろいろなサイトを見ることで多少視野が広がり、たまには線画を描いてみるかと思えたので、やっぱり人を見て人は変わっていくのだと思いましたよ。
最近のアニメ話とか買った本の話とかも書こうと思っていたけど疲れてきたのでここまで。最近、絵に関することを書いて、他のことはまた書くとか言って、後回しにしたことは後になってもやらない法則と、さらに蓄積された後回しが圧し掛かることにより、ますます絵のことしか書いていないサイトになりつつあります。いや、まだこうして何かを書いているわけだから、このまま他の話題へ以降すればいいんだけど、書き出したらそれなりに時間を必要とするのでやめとこうと判断することになります。